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東京高等裁判所 昭和59年(く)305号 決定

少年 Z・H(昭四一・一・一三生)

主文

原決定を取り消す。

本件を浦和家庭裁判所川越支部に差し戻す。

理由

本件抗告の趣意は、抗告申立人本人名義の抗告申立書に記載してあるとおりであるから、これを引用するが、所論は、要するに、原判示業務上過失致死の事実につき、少年には過失がなく、その運転していた自動二輪車も被害者に衝突していないから、原判示業務上過失致死の事実を認めた原決定には重大な事実の誤認がある、というのである。

よつて検討するに、原決定は、少年が進路上の安全確認不十分のまま、最高速度毎時三〇キロメートルの制限を遵守せず、毎時約六〇キロメートルで進行した過失により、本件死亡事故を生ぜしめたものと認定しているのである。

しかしながら、一件記録によると、(一)本件事故現場は、神奈川県津久井郡○○町○○××番地先道路(国道二〇号線)上であり、該道路は山梨県方面から東京都八王子方面に通じ、現場付近は八王子方面に向け一〇〇分の三の上り勾配をなし、かつ、右方に大きく湾曲し(曲線半径約二五メートル)、見通しが悪く、幅員は約八・六メートルで、最高速度は前記のとおり毎時三〇キロメートルに制限されていること、(二)少年は、当時自動二輪車(以下少年車という。)を運転し、道路中央線の北側(八王子方面行車線)を右中央線から約二・一メートルの間隔を置き、毎時約六〇キロメートルで八王子方面に向けて進行中、前方約七・四メートルの道路中央線付近に車体を傾け倒れかかつた状態で自車車線上に対向直進してくる自動二輪車(以下被害車両という。)を認め衝突の危険を感じたが、何ら制動等の措置を講じる暇もなく、約三・四メートル進行した自車車線上で自車前輪を被害車両と衝突させ、更に約二・三メートル進行した自車車線上で自車前輪を被害車両の運転者で仰向けの状態で滑り込んできたA(以下被害者という。)の頭部に衝突して擦りあげ、同人を仰向けの状態からうつ伏せの状態に回転させた後、約八・二メートル進行し転倒・停止したこと、(三)被害者は、被害車両を運転し道路中央線南側(山梨県方面行車線)を中央線から約二メートルの間隔を置き進行中、被害者から見て左に湾曲した本件現場付近に至り突然被害車両を道路上に転倒させて道路中央線を越えて前記のとおり少年車と衝突し、その結果脳挫傷でそのころ同所において死亡したこと、(四)なお、被害車両は右転倒した際、自車車線上に擦過痕を付けた後、道路中央線付近でスリップ痕のみを残して対向車線上に進入しているのであるから、同車は転倒した後、道路中央線付近でその理由は不明であるが転倒状態を解消して対向車線上に進入したものと見るほかないところ、前記のとおり、少年が道路中央線付近に車体を傾け倒れかかつた状態で自車車線上に進入してくる被害車両を認めたというのは、正に右の転倒状態を解消した際の状況をいうものと思われること、(五)被害車両の速度は、同車を追尾していたBが約四〇ないし五〇キロメートルであつた旨述べるが(同人の司法警察員に対する供述調書)、他方少年によると被害車両も高速度で進行していたというのであつて、少年が道路中央線付近の被害車両を認めた後の同車両と少年車の各進行距離等を併せ考慮すると、被害車両の速度も少年車の速度と同程度ではなかつたかと思料される面もあること、(六)被害車両が転倒した地点(昭和五九年一〇月二九日付実況見分調書添付の交通事故現場見取図(2)の〈ア〉´地点)から少年車と被害者との衝突地点(同見取図(2)の〈X〉2地点)までの距離は約一三・〇メートルであること、(七)少年は同見取図(1)の〈1〉地点で、その前方約七・四メートルの道路中央線付近(同見取図(1)の〈ア〉地点)に自車車線上に進入してくる被害車両を認めたのであるが、被害車両はすでにその約一〇メートル先で転倒していたものであるから、少年において前方注視を尽くしておれば、相互の車両の速度(被害車両の速度は前示事情から毎時約四〇ないし六〇キロメートルであつたものと認めるほかない。)等からして前記〈1〉地点よりおおよそ約一〇ないし一五メートル手前(被害者の転倒地点より約二八・七ないし三三・七メートル手前、あるいは被害者との衝突地点(前記〈X〉2地点)より約一五・七ないし二〇・七メートル手前)において発見することができた筈であること、(八)被害車両から放り出された被害者は、前記〈X〉2地点で少年車と衝突しなかつた場合、その地点に留まつていたか、あるいは被害車両から放り出された時の勢いで更に如何なる速度でどの方向へどの程度の距離を滑走していつたかにつき判断すべき資料は見出しえないこと等が認められる。

そうすると、少年車が被害者に衝突したことは明らかであるが、そもそも少年に原判示過失があつたか否か、右事実関係をもとにして判断するに、確かに少年が進路の安全確認(前方注視)義務を尽くしておれば、被害車両の転倒するのを相当手前(約二八・七ないし三三・七メートル先)から確認しえたと認められる。しかしながら、少年が右の範囲内で被害車両を発見し、かつ、最高速度毎時三〇キロメートルを遵守して、危険を感じてから的確な制動措置を講じたにしても、被害車両が転倒してから道路中央線を逸脱し、少年車の車線に滑走・進入してくる気配を感知するには若干の時間を要し、また、その危険に対応して直ちに制動措置をとるにも更に若干の反応時間を必要とすると考えられるのであつて、しかも被害車両が転倒後少年車の方向に進路を逸脱し、少年車の進路前方を塞ぐ状態で滑走し、現に前記X〉2地点で被害車両から放り出された被害者が少年車と衝突するまでに約一三・〇メートルしか進行していないのであり、これは時間的には約一秒前後の短時間であつたと思われること、更にその地点で衝突しなかつた場合被害者がその後も同地点に留まるのか、あるいは如何なる速度でどの方向へどの程度の距離を滑走するものなのかを確定する資料を見出しえないこと等の事実がある以上、少年車が制動措置によつて被害者との衝突を回避することができたとは断定しえない。そして、右衝突があるとすれば、少年車において制動措置の結果減速状態となつていたとしても、両者の衝突の態様・部位、被害者の速度等いかんによつては致死の結果が生じえないともいえない。

以上の次第で、少年に原判示過失があるとは認めることができない。

したがつて、少年につき原判示の業務上過失致死の事実を認めた原決定は事実を誤認したものであつて、原決定の認定するその余の非行事実が本件事故の際における少年車の無免許運転一回の事実であること等を考えると、右の誤認は重大なものであるというほかはない。

よつて、本件抗告は理由があるから、少年法三三条二項、少年審判規則五〇条により、原決定を取り消したうえ、本件を浦和家庭裁判所川越支部に差し戻すこととし、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 和田保 裁判官 小田健司 阿部文洋)

抗告申立書〈省略〉

〔参照一〕 送致命令

決定

本籍 埼玉県入間市○○×丁目××○番地の×

住居 神奈川県津久井郡○○町○○××××番地○○方

(東北少年院在院中)

鳶職見習い

Z・H

昭和四一年一月一三日生

右の少年に対する業務上過失致死、道路交通法違反保護事件について、昭和五九年一一月二〇日浦和家庭裁判所川越支部が言い渡した中等少年院送致決定に対して少年本人から抗告の申立があり、当裁判所は、昭和五九年一二月二六日原決定を取り消し、同事件を浦和家庭裁判所川越支部に差し戻す旨の決定をしたので、更に少年審判規則五一条に従い次のとおり決定する。

主文

東北少年院長は、Z・Hを浦和家庭裁判所川越支部に送致しなければならない。

昭和五九年一二月二六日

(東京高等裁判所 第一刑事部 裁判長裁判官 和田保 裁判官 小田健司 阿部文洋)

〔参照三〕 受差戻し審(浦和家川越支昭六〇(少)三五一一号 昭六〇・三・一三業務上過失致死保護事件につき不処分、道路交通法違反保護事件につき検察官送致決定)

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